昭和46年08月10日 朝の御理解



 御理解 第6節
 「目には見えぬが、神の中を分けて通りおるようなものじゃ。畑で肥をかけておろうが、道を歩いておろうが、天地金乃神の広前は世界中であるぞ。」

 繰り返して読ませて頂くなら、涙のこぼれる様な御理解です。畑で肥をかけておろうが、道を歩いておろうが、神の中を分けて通りおる様なものじゃ。その神の中を分けて通っておる実感、そういう生活を私は信心生活だと思う。成程目には見えん。目には見えんけれども心でキャッチする。心で頂、その頂く心が神様御免下さい、御免下さいと通りよるような実感が、これは本当に教祖の神様をして。
 初めてこういう御理解を、お説きになられたのじゃなかろうかと、いうぐらい御自身が、畑で肥をかけておられながらも、やはり神様とお話し合いをなされながら、なさっておられたであろう。道を歩いておろうが、畑で肥をかけておろうが、神の中を分けて通りよるような実感、なるほど、世界中は神の広前だと感知されたのですね。そこに神様にお話しかけになるというか。
 神様が話しかけられるというか、それはいつでもどごででもあった。久富繁雄さんがまだ信心はじめの頃に、御地内をみだりに汚すなよという、御理解を頂かれて、それをいろいろ、自分の生活の上に頂いて、工夫をしておられた。そういう時分のある共励会の時に、発表されたのが、私は忘れられない素晴らしい、素晴らしいと思うて聞かせて頂いた。如何に御地内を汚すなといわれても、百姓が畑で肥をかけるのは、これは当然、当たり前のこと。それを当たり前の事と思わんといわれるのである。
 畑で肥をかけながら、神様すみません。ちょっと避けといて下さいと、そういう心持ちなのです。もう、当たり前というところには、有難いという心は湧いてきません。それこそ広大なおかげを頂いとっても、それをいわゆる、当たり前そういう当たり前と思うような心からは、有難いものは生まれて参りません。もう本当に、平凡というか、当たり前というか、そういう事の中にね、神様を見る神様の声を聞くと言う様な状態が段々頂けてくるようになる事、此処に神様がござるのだ。
 だから、神様はいけないとはおっしゃらんだろうけど、人間の感情からいうと矢張り汚い桃を大地に肥を播いておる。ちょっと神様、よけとって下さいと、私は信心はそれだと思うですね。もう二十年も前だったでしょうか、丁度善導寺の久保山さんがお参りになっておる時でした。教祖生誕祭を、一日,二日御に控えての事でした。ですから九月二十四,五日位の事じゃなかったらろかと思います。そしてたまたま、丁度生誕祭の日に、まあ、あの時分は信者一同でお祝い申し上げた。
 そして信者一同で踊ったり唄ったりして御誕生日をお祝い申し上げた時代がございましたですね。何かの時でした、久保山さんが見えられて、どうでも一つ炭鉱節か何かを皆で踊って、特別の唄の文句を頂いたら良いでしょうねえとここにおられる間に、私はここに一寸した紙があったから書かせて頂いたら、十一番まででしたか、もうそれこそですね、筆の方が先に走るようにして頂いた事がある 十一の炭鉱節で唄える。皆さんも御承知の通りのあの唄ですわね。
 その時にちらちらと神様から心眼を頂く。そこからヒントを頂いたのだと、唄ができてきたわけで、私、書かせて頂いたわけですけど、その時に久富繁雄さんの事を御心眼にちらっと頂いた。畑でお仕事をなさっている姿を頂いた。天地の心しみじみ味あえば思わずこぼすひとしずく、か何かですね、あんな文句があります。お百姓さんが畑に出て、鍬を持たれる、鍬を持つ手に、天地の鍬を持つ手にしみじみ、何かね。鍬を持つ手に神様を感じとる、畑仕事をさせて頂きながらね、又は草を取りながらね。
 もう土の臭いがぷんぷんする中でね、それこを神様の体臭と頂く。そこからね、鍬を持つ手にしみじみと天地の御恩徳をここに感じさせて貰うて、仕事させて頂きながら、有難涙がこぼれるというのである。私は信心生活はそれだと思う。主婦の方が勝手の御用をなさろうとする事も同じ事包丁を持つ手に、火吹き竹を持つ手にそこに神を感じる。そういう生活が教祖の信心の理想郷だと思うですね。
 教祖様が理想とされた、信心者の理想郷なのだ。道を歩いておろうが、畑で肥をかけておろうが、神の中を分けて通るようなものである。事務を執る人がペンを持つ手に、自動車に乗る人が、ハンドル握らせて貰うその手に、そこに神様を感じる。それが教祖金光大神の私共信者に願うておられる、信心とはこういうものだという、信心者の境地でなからねばならぬと私は思います。ところが実際はそれとは反対、道を歩きながら心配ばっかりして歩きよる。
 肥をかけながらほんにこげな汚か仕事ばいつまでも、孫子の末までも、こげな仕事はさるすもんじゃなか、もう百姓のごと馬鹿らしい仕事はなかと思いながら、もうそれこそ、雲泥の差があるですね。そういう中に良い作物が出来るはずがない。道を歩きながら仕事しながら、もう悪い事ばっかり考えよる。これではね、神様がそこに宿ろうと思うても宿る場がない。お風呂なんかに入る時には、あぁ極楽極楽と言う様な自分に都合のよい、自分に気分の良い時だけは有難いと言いよるけれども。
 それとは反対に、それこそ冷水を浴びせられるような寒中に、炎天焼けるような中に、体全体汗して働かせて頂くような、その焼けるような中にです、神様を感じる、神様の働きをそこに見る事が出来、感じる事ができるような生活。教祖様の御信心の素晴らしいところは、いつどのような場面、場面を聞かせて頂きましても、読ませて頂きましてもね、例えば金光大神、もうそこに神様が生き生きとして、お働きになっておられるのを感知しておられます。
 だから、有難い勿体ないの権化のようなお方びあった。和賀心のかたまりのような方であったんだなと思うのでございます。成程、此方が祈るところ天地金乃神と一心とおおせられたが、成程、天地金乃神ともう一心でおありになられたのだなと思わして貰う。そこで私共はです、それに近づかせて頂く精進、そこを少しでもわからして頂く修行が必要なのであります。
 昨日、学院から帰ってきとります、佐藤さん含めて六名、修行生が五名、これにここの修行生の方々十何名でしょうか、共励会に集まって頂いて、あちらでの話、あちらでのいろいろ感じるところ、又は、そういうところを聞かせて貰うつもりで、又はここの修行生、先生方が先輩ですから、先輩の先生達から、いろいろ参考になる話しをして貰うて、丁度三時間から四時間か話をした。そして私の話しを聞いて貰うたわけです。ところが途中からですね、偉い悪寒がするのです、寒けがするのです。
 そして、この歯がえらい痛み出した。丁度お茶受けにお餅が出てましたから、お餅を頂いた頃から歯が痛み出した。それからすませて頂いてからすぐ寝すませて頂いた それでいつも歯が痛んだり、そういうような感じの時には、必ず肩が凝っておる時であるから、そうですね、昨日は二回にわたって、それこそ三時間位揉んでもらったのじゃないでしょうか。久富先生から、それこそ汗ぶるぶるでやって頂いた。
 いよいよ体が凝っていた。例えば、歯が痛いとか、体がいろいろ苦痛を感じるとかどこに原因があるのかと、これは椛目の田中さんが、もう昔の話ですけど他所の縫い物、裁縫をしてました。呉服屋さんの、その時分に目が悪くなって段々、目が見えなくなりましてね、家の母がずうっと手を引いて教会にお参りをすると言う様にひどかった。ですから目が悪いとばっかり思うているのですから、眼科のお医者さんに毎日通うわけです。ところが増々目が悪くなってくる。
 もうこのままやったら、失明するだろうというところまでいった。その時分に善導寺に大変有名な按摩をされる片がマッサ-ジの方が有名な、マッサ-ジで病気を治すという方が見えられてですね、話を聞いてそこに行ったんです。これは目じゃないですよと、これは肩の凝りからきとるとですよ。まあ、一週間も通いなさい。目はみえますよといわっしゃった。一週間ばかり通うてですね、もう本当に嘘のように目が見えるようになった。だから私はここで言いたい事は、見当違いと言う事です。
 お互いが目が見えんようになって、眼科医にばっかり通うている事はないだろうか。信心させて頂きながらおかげが受けられんというのは、そう言う様な見当違いの様な事を一生懸命したり、考えたりしとるのじゃなかろうか。これはお道の信者、又は教会の全部にこれがいえれる事だと思う。私は昨日、肩を揉んで頂きながらです、例えば歯が悪い歯が痛うしてこたえんからというて、歯医者に行ったんじゃ治らなかったと思うですね。肩を揉んで貰う、だからおかげで歯も第一入れ歯も入れられなかった。
 だから入れ歯をとってしまって寝ませて頂いたんですけどそれで私は、そのことをね、昨夜、夜中に考えさせて頂いて、本当にこう次々頭が痛かったり、歯が痛かったり、肩が凝って首が動かんごとなったり、その為に歯がこんなに悪くなると、これは成程その原因だけれども、信心させて頂く者はもう一つ、向こうに原因があるという事、それが本当な事。見当違いとはそう言う事です。
 成程肩が凝っとったから、目が見えなくなったと、肩が凝っとったから歯が痛かったと、それは成程直接の原因ではあるでしょうけれども、信心でいうともう一つ向こうに原因があるのです。その事を夕べ考えさせて頂いて、本当に考えつかせて頂いた事がです、ああ、ほんなごとと思うた。とたんにですね、体がなんとジンジンするのがですね、本当に一ぺんに治りました。
 これは本当に、いつも体験する事なんですけれどもね、いうなら分らせて頂くところがわかった。それから私は又、夜中に起きて参りましてから、御広前に出て参りました。そしたら北野の方がお参りして見えました二人夜中に。あぁ親先生に会えるなんてという、夜中の事でしたからね。又私もお届けさせて貰わねばおられない事、神様の御演出というか、御神慮というかね、それはいつの場合でも恐れ入ってしまいます。いつも心を神様に向けさせて貰う。
 そこに神様の働きを、寝床の中でも便所の中でも、お風呂の中でも、神を感じる事が出来るのです。私共が難儀を持っとります、様々な難儀それはあれがこうするから、こういう難儀になるのだとは、成程難儀の直接の原因であるかもしれんけど、まいっちょ遠因とでも申しましょうかね、そのま一つ向こうの方に、そう言う事にならなければならない因というか基があるのだ。
 昨日もある方が、村内の方です。この頃友達が悪いものじゃから、その不良の仲間に誘われてから、悪い遊びを覚えとる。それでその友達と縁を切るように、お願いして下さいと参った見えた。そこで私は申しました。向こうのお母さんは、あなた方の息子をあげなとと付き合うからと、言いよんなさるか知れんよと申しました。自分方の息子が不良になるのは、ああいう友達が居るけんという思い方は、止めにゃいけません。例えばそれであってもおかげを頂いて。
 息子もその友達もおかげを頂くようにお願いをしましょうねというて、そげなお願いして頂けるじゃろかというて、さして貰いましょう。だから自分方の息子の引きつれられるのはあの人のせいだなんていう事は、思いをさっぱり捨てていかねばおかげになりませんよ、というて申しました。あげな不良が誘いに来るけんで、家の息子はもうあれじゃないて。それこそ眼が見えなくなったので、眼科に行っているようなもんですよ。見当違いですから、信心は結局そこに焦点を置く以外ないのです。
 こういう難儀、その難儀の基が社会のせいにしたり、あの人のせいにしたりと言う様な事になったのでは、私はいつまでたっても神の中を分けて通りよるようなものじゃと言う様な、神様は絶対に頂けないと思う。そこから神様の、いわゆる遠い遠い目先のその事をおかげ頂くというのでなくて、もう根本的なおかげを頂こうと、願わせて頂くような信心。どこに御神意があるだろうかと思わせて頂くような信心。そういう信心から私はね神様を、あぁこう言う所に原因があったんだと分からして貰う。
 それが便所の中で思い付かせて頂く事があるかもしれん。布団の中で思い付かせて頂く事があるかもしれん。そこにはもう神様が生き生きと働いておられる。今まで体がだらしかった、三時間も揉んでもらってまだすっきりしなかった。揉んで頂いとる時は、気持ちはよいけれども、どうにも出来なかった。それがねそれこそあっという間に、私の体が平常にならして頂いた。もう本当にいつもの事ながら恐れ入りますと言う事。布団の中でもうそこに神を感じておる。
 昨日私は、学院に行ってる一人一人の話を聞かせて頂いた。山田さんがとにかく、もう手紙にも出しておりましたが、こげな苦労があるとは思わなかった、学院は。それがどういう事かというと人間関係だそうです。それは若い者の中に年寄りが入ってますから、それで私が、山田さんに申しました。あの光橋先生の場合やら、上野先生の場合やら年をとっておりましたけれどもね、もう、それこそ班の中の人達からお母さん、お母さんというて慕うて、今でも手紙がきます。お母さんというて手紙がきます。
 本当に年寄りがそこに居る事が、非常にその若い人達の、まあ本当にお母さんと一緒に修行しとるごたるというて、喜んだというが、本当にあんたの場合でも、それこそ、お父さんとはいわんでも、本当におっちゃん、おっちゃんというて、そのまあ若い者から呼ばれるようなね、生き方にならねば、あんたが若い者にとにかくお前達は何の為に修行にきとるかというて、朝起きらなかったり、修行生が将来お前はお道の教師を目指しとるとじゃろもん、それがそげな事でどうするかと、見たり聞いたりするもんじゃから、やはりいろいろいうわけですね。
 ところが若い者は反対にどげん言いよるかというと、まだ五時から起きればよいのに三時頃から起きてバタバタするげなもん、しかも、電気をつけたりするげなもんじゃから、若い者は迷惑なもので、あげな親父がおるならどんこんされんと大迷惑じゃげな、それに私は、他の方から聞いとったんです、その事をだから私は言いました 若い者の為にあんたが迷惑しとろうごとあるばってん、若い者があんたの為に迷惑しよるかもしれんけん、ここまでは第一線上。
 一昨日の御理解を皆さんに聞いて貰うてね、此処まではわかっときなさい、此処までは一つ、体得させて頂いとくと問題はないのじゃないのというたわけです。自分がする事を人が出来んのがはがゆうしてたまらんわけです。だからもう、とても痩せて帰ってきとりました。いらいらしなさるからだろう。ですから結局人じゃない、自分自身が出来りゃ良いじゃないのと、そしてむしろ自分が迷惑になってるのではなかろうかと、思うてみるようなね、私は深さがなからにゃいけんと。
 それに引き換えて私は、直子の話を聞きました。もう私はあんなに話が上手とは知りませんでした。実に要領のよい話をします。そしてどう言う事、私は一番難儀しとるだろう、困っておるだろうと思いましたけれども、この人が一番おかげを頂いとる。第一人間関係が私の班は、おかげ頂いてよか人ばっかりというのです。私は皆がそうでなからねばいかんと思いますね。
 もう内の班はよか人ばっかり、まるきりスマ代おばちゃんのごとあるねと、自分の周囲はよか人ばっかり、それがいうならば無邪気に信心させて頂いとりますから、そこにはね成程おかげ頂いとるようにあります。話を聞くとまあこれは余談ですけれども、今度直子が、死ぬか生きるかと言う様な、本当にそうだったらしいですね、冷たくなったと一時、二日間も苦しみ続けるその時にね、いつも口から発しているのは、親先生だったそうです。だからねお母さんともいわなければ、お父さんともいわない。
 もう学院中が評判したそうです。この人の親先生とはどげな親先生じゃろうかというわけなんです。もう苦しいもう親先生、親先生いわば唱えつづけたと言う訳であります。そういう内容がですね、私は本当に、自分の周囲にはそげな根性の悪い人は居らなければ悪い人も居ない、もう修行する事が楽しゅうてこたえんと、昨日いうておりました。私はもう、今度帰ったら私は行かんというかんしれんと思いました、実際は。ところがそれに反して反対でした。
 だから余りにお互いが邪気があり過ぎるのじゃなかろうかと思いました。自分の我情が強すぎるのじゃなかろうかと思います。修行しながら、余りに人間心が強すぎるのじゃなかろうかと思います。かえって子供の直子の方が、楽しゅうて楽しゅうてという修行をさして頂いとるところなのです そこに直子は直子なりに、いつも御理解、親先生を身近に感じておるようです。
 先日も、信話発表の時、その当番にあたっとった、さあ他の話はしても信心の話は仲々しきらん。それこそ朝からその事を思い続けたとこういう。奥城にその事をお願いに行って、そこで拝読させて頂いたのが、心配する心で信心せよと言う事であったげな、少し心が落ちついた。寮に帰ってまた、こちらから持っていったここの御理解感話集を開かせて頂いた。そしたらやはりそこに、心配する心で信心せよという御教えが出てきた。もう、いよいよ神様が守っておって下さる。
 親先生の祈りの中だなあと思うたと。だから安心してお話が出来たという話を末永さんがこの頃便箋に書いてこう言う事を直子さんが話されましたというてね、いうてきておりましたが、その時の事をそう言う風にいうてきております。神様をここに感ずる。親先生の祈りの圏内と口ではいうても、親先生の祈りがいつもここにきておるのだという、実感こそが、神の中を分けて通る様な実感なのです。そういう生活が私はお道でいう信心生活と、そういう境地に浸っておられたのが、教祖金光大神だと私は思うのです。
 ですからそういう、いわば境地を目指さして貰う。それこそ肥をかけながらでも、神様よけといて下さいというような実感。鍬を持つ手に有難涙がこぼれるような日常生活。そういう信心生活を目指さして頂く事の為に、例えばここに感ずる痒い、痛い又は難儀を感ずるならばです。その難儀が近いところに原因がある。人のせいだとか世の中のせいだとかそ言う様な事をいわずに、思わずにそうじゃない、こういう厳しい世の中であっても、あのように幸せになってある人もあるじゃないか。
 してみると世の中のせいじゃない、あの人のせいじゃない。その難儀の基というのは私の心の中にあるのだと言う様な取組方を持ってするところから、神様をいつも身近に感ずる事が出来る。畑で肥をかけておろうが道を歩いておろうが、天地金乃神の広前は世界中であるぞという神様を身近に頂く生活、そういう実感を伴うた日々がね、過ごせる工夫をする、精進をする。それがその侭信心修行なのであります。
   どうぞ。